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  望洋泉

 

 

 

● 歴 史

南石垣三組(大字南石垣字糸永付近)にあった浴場。昭和十年の絵図には「望洋温泉」とある。 昭和七年(一九三二)十二月に創設された浴場で木造二階建。一階は浴場。二階には畳敷きの部屋があり集会場として利用されていた。温泉は泉都土地会杜(国武氏)から供給されていたという。 当時石垣村は南立石・東山を包含しており、広い範囲に亘る大村で、村内には観海寺温泉場・堀田温泉場などがあったから、行政当局は温泉浴場に対して深い関心を持っていた。望洋泉が創設されたのはそのあらわれであるという。 ところが、この浴場の設置については、「昭和十年九月の別府市への統合を意識して、対等の交渉をすすめるため設置した」と言う説もある。昭和十年(一九三一)八月三十日 の「市会協議会条件承認書」に、石垣村を廃止し、その地域を別府市に合併し、石垣村有財産及び石垣村に属する一切の権利義務は、全部之を別府市に帰属せしむるため、石垣村より別府市に対する合併条件を左記のとうりとする。 一、合併後五ケ年計画を以て左記公共事業を執行すること。 (1)南石垣望洋泉敷地を拡張し、共同温泉として利用できるよう整備すること。 (2)石垣小学校、立石小学校狭隘が生じたる時は、講堂建築をおこなうこと。(以下省略)とあるのは、その一面を物語るものであろうか。 ともあれ、この浴場は別府市合併後もしばらく維持運営されたが引湯不能となり、約八年程の利用で閉鎖のやむなきに至った。昭和十五年(一九四〇)のことである。(矢田辰巳・福永忠利著「吉弘温泉年代史」外)


場 所